阪神大震災(Wikipediaより)
1995年(平成7年)1月17日(火) 午前5時46分52秒、淡路島北部を震源として発生した(大都市)直下型の大地震による災害である。最大震度7。
死者 : 6,434名
行方不明者 : 3名
負傷者 : 43,792名
避難人数 : 30万名以上
住家被害 : 全壊104,906棟、半壊144,274棟、全半壊合計約25万棟(約46万世帯)、一部損壊263,702棟
火災被害 : 住家全焼6,148棟、全焼損(非住家・住家共)合計7,483棟、罹災世帯9,017世帯
その他被害 : 道路10,069箇所、橋梁320箇所、河川430箇所、崖崩れ378箇所
被害総額 : 10兆円規模
私は大阪で震度4でしたけど、それでも初めての震度4でビックリしました。学校に行こうとしたら電車も軒並み止まっていて、そこで初めて事の重大さに気付きました。
私の家ではガラス製の家具が2箇所程割れて、いくつかの窓などが開きづらくなりました。立て付けが悪いと思いましたけど強度問題じゃ・・・? ネコが家具の隙間ですごくガタガタ震えていましたね。友達も被災したり、お世話になった先生の家が全壊したりと、それなりに関係があったはずなんですけど、今年は本当に忘れていました。毎年、1月17日が近づくと思い出したんですけど。。。今年は不思議と思い出しませんでした。こういう事は忘れたくないですね。
さてさて、今度の大地震は東海大地震の可能性が高い!とか言われていますよね。いえ、脅したいわけじゃないんですけど・・・
阪神大震災が起きたのですっかり近畿地方は大丈夫そうと思われていますが、大きな地震が来る可能性が高いそうなんです。
それは、丹波山地の微小地震減少から予測されているんですね。
よく聞く「小さな地震が多いと大きな地震が起きない」というものです。小さな地震があれば、活断層にたまった地殻の圧力が少しずつ開放されているということになるんですけど、それが03年よりグッと減少しているそうです。また、地下に設置している岩盤のズレを観測する装置でもこの数年でグッと増えたそうです。これらと同様の現象が阪神大震災の前にも起きていたそうです。
つまり、地震のパワーを蓄えていると考えられるんですね。
ある意味、周期的に東海大震災が来そうという話以上に、大地震前と同じようなデータが採取されている丹波山地の話の方が怖いですね。。。また、大地震が他の大地震のきっかけになる可能性もあります。
テレビで見た話なのですが、どうやら毎日新聞に載っていた話だったようです。「丹波山地の微小地震減少−M7級の地震が起きる可能性−(G-NET)」
私も何か用意しないと・・・!


あれから、もう11年もたつんですねぇ。
地震直後に仕事で神戸に行ったときは、確か住吉あたりでJRから阪急に乗り換えて、
梅田から三宮まで2時間くらいかかった気がします。
その後も住む所探すのも大変だったよーな。
借りれる部屋が見つからなくて、2ヶ月くらい姫路から通勤してました。
5年位住んでいましたが、地震から立ち直っていく街を見ながら、
自分もがんばろう、という気持ちを持たせてもらいました。
日本にいる限り地震とは無縁でいられないので、
日ごろから地震対策はしっかりしておかないといけないですね。
探偵ナイトスクープが懐かしい。(笑)
まだ放送してるんですか?(^^;
時が経つのが早いとはいえ、震災で被害を受けた人が身の回りにいるのに、11年でその日を忘れていたのは迂闊でした。。。
通常ならJR新快速で大阪〜三宮は21分なんですよね。。。それを2時間・・・当時のすごさを考えると、2時間でも早いと思えるのが不思議ですね(ノ_・。)
仕事で2年程三宮に行きましたけど、やはり震災の話はお客さんの口が重かったです。それでも新潟の震災の時にはお客さんの社内の有志で三宮から手伝いに行っていました。とにかく助けないと!という感じをヒシヒシと感じました。
ナイトスクープ、今も頑張ってますよ(笑)
アレも長いですね・・・随分と探偵が変わってしまいました。
越前屋俵太が一番好きだったんですよね〜(*ノノ)
私は未だ憶えています。
まだあの時は小学のガキンチョでしたが、朝寝ていたら、瞬前微振動を感じ取ったのか、目が覚めた瞬間、ベッドをそこから思い切り揺するような感覚が襲って、思わず毛布の中に潜り込んでしまいました(恥)
そして結構長い間揺れたようですが、それもあまり感じられずひたすら収まるのを待っていました。大きな本棚がぶっ倒れるのも気付かず。
キッチンの上側にある棚の食器は半分以上床に放り落ちてメチャクチャ、ウチのドアも閉まりにくくなりました。
当日は一応学校に登校していましたが、グラウンドの土に大きな一本の割れ目が出来ていたのを、子供心にスゲェ〜と思ったものです。
以前ウチのエントリーにのせたアンティーク写真の親戚宅も建築構造の基礎がやられ、建て替えを余儀なくされましたが、自治体からの補助は無きに等しいものだったそうです。
長田や神戸の人々が見舞った苦しさは想像に余りあると思いますが、あの時の記憶は決して風化させてはならないと、この年で何か強く再認識したように感じられました。
(ブログ始めたからでしょうか??)
stickmanさんも大きな被害を受けていたんですね!
私も驚いてお布団内で固まってました(*ノノ)
震度4の揺れだとまだ大丈夫と判断しちゃったんでしょうか? 震度5ぐらいならあわてて机の下に逃げ込んだと思うんですけど、二度と体験したくないですし、真相は知りたくないです!!
グラウンドに割れ目が出来るって・・・正直、どれほどのパワーなのか想像出来ないんです。テレビでは見ても・・・とてもとても・・・
ブログなどを持つと、少なからず訴えたい事が増えますよね。自分の中でさえ風化しつつあるのに気付くと、余計にそれを感じちゃいます。stickmanさんも今の内に書き留めておきましょう!!