2005年11月25日に、元WRCチャンピオンのリチャード・バーンズ氏(英)が、亡くなられました。享年34歳です。
01年WRCチャンピオン、リチャード・バーンズが死去 (AUTOSPORT 要無料ユーザ登録)
リチャード・バーンズ (Wikipedia)
主にスバルで戦い、たったの1勝ながらも2001年のドライバーズ選手権優勝。2003年の地元グレートブリテンラリー(イギリス)に参戦のための移動中に気を失い、脳腫瘍が発覚、それ以来療養していました。今年8月のイベントに顔を出しており、経過はいいと思っていましたので驚きを隠せません。。。
バーンズのドライブは冷静で確実とローブに近いタイプと言えますが、WRC104戦中10勝と優勝はそれほど多いわけではなく、ポイントは着実にとるタイプでした。
その分、派手さに欠けてイマイチ人気は無かったかも知れません。おまけに、2001年は地元グレートブリテンしか優勝していないのにドライバーズ選手権優勝と、コリン・マクレー、トミ・マキネン、マーカス・グロンホルムの3人が3勝もしているのに、1勝しかしていないバーンズがどうして?と言われました。 3人が混戦して潰しあった中、着実に走ってポイントを貯めていただけなんですけどね。また、2003年もドライバーズ選手権優勝争いに絡んでいたなど出走していれば優勝の可能性はありました。ただ、確かに華は少なかったかも。
スバル時代では同じ英国人ドライバーのコリン・マクレーのセカンドドライバーとして過ごしていましたが、先輩のマクレーによく苛められて途中からスゴイ仲が悪かったとか。チームもエースドライバーのマクレーのマシンが優先でセッティングもマクレー中心というのもあり、バーンズには苦痛の日々を過ごしたというのは有名なお話でした。
皮肉な事に、2005年9月29日にPS2でリチャード・バーンズ ラリーが発売されたばかりでした。他でも評価を見ましたが、海外でも動きが忠実で評価が高いそうです。それは、後進の指導やマシン作成等にも力を発揮出来るタイプともいえ、WRC界には大きな損失だったと思います。
謹んで哀悼の意を表したいと思います。
2005年11月27日
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訃報、リチャード・バーンズ死去
Excerpt: 2001年の世界ラリー選手権チャンピオンである、リチャード・バーンズが亡くなりました。2003年に運転中に突然意識を失うという発作に襲われたバーンズは、その後治療に専念していましたが、闘病かなわず11..
Weblog: MotorSports大好き
Tracked: 2005-11-28 19:56


Burnsは前にTVの番組でコメントしてて、良さそうな人でしたよ。
最近出てないなぁと思ってたら、昨日のニュースで知ったのでびっくりしました。
謹んで哀悼の意を表したいと思います。
バーンズ氏は他界されるには若過ぎですよね。。。
私もバーンズ氏は結構純朴なイメージが強いです。どうもチャンピオンドライバーのチームメイトになってセカンドドライバーに甘んじる事が多くて、その分、リポーターの応答にも謙虚な姿勢になっていたからでしょうか?
惜しい人材でした。
御冥福お祈りいたします、とだけを。
どんな世界でも内外に厳しい面が存在するんですね…
正直、治療が長びていると感じたので、最前線復帰は難しいのかな・・・って思っていました。手にしびれが残るとか聞くじゃないですか。
穏和な性格と冷静さで、指導者やラリーカーの熟成等で力を発揮していくかもと思っていました。ゲームも高評価のようでドライバーとして復帰出来なくても、ラリー界の裏方で頑張ってくれるかもと思っていたので、本当に残念です。。。